Taros’s diary

学級通信のねたの参考にしてもらえば思います。

教育の目標は報酬を与えること?

はじめに

 最近‥常々、疑問に思っていることがあります。それは、「結果と引き換えに子どもに報酬を与えること」です。学校であれば、シールをあげたり、家庭であればお金を与えたり、ものを買ってあげることが挙げられます。このやり方は、与え方にもよるのでしょうが、今のご時世にあっているのかは甚だ疑問に感じます。

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報酬を与えることが教育の目的?

以下内容

 今回、伝えたいことは「報酬を与えること」が果たして、本当に価値のある方法なのかどうかを考えていただきたく書くことにしました。私達の現在行っている教育は、未だに産業革命の名残りそのものと言えるでしょう。指示通りに動く、言われたことで良い結果を出すことで高い評価をされる、集団で動くことに重きがあり、1人ひとりの発言は価値がない、などが挙げられます。これは、確かに産業が発達した時には重要なことでしたが、今の情報発信が当たり前のこの時代に適しているやり方なのでしょうか?

 つまり、産業革命の時代であれば、何かやったことに対しての結果・成果に報酬を与えることは良い教育だと私も思います。しかし、情報発信ができるようになった時代で、そんなことが必要なのでしょうか。いずれにしても、報酬を与える際に注意しなければならないことは、「嫌のことをやれば報酬がもらえる」や、「何かを得るためにその行為を行う」ことだと私は考えます。実際にこの思考で、子ども達が育ってしまうと人生においての働き方も大きく変わってきます。

 例えば、「嫌のことをやれば報酬がもらえる」だと、将来仕事についた時に、いやいや仕事をしないと給料がもらえない‥そもそも仕事は嫌のことをするのが当然で、その結果として給料を得られるという思考になってしまう可能性があるのです。また、「何かを得るためにその行為を行う」も同様で、そもそもの目的がなければ働く必要がないという思考にもなりかねないのです。学校で例えると、シール(報酬)を与えるようにし、生徒達のやる気を出させるよう、下記のような条件を設定するとします。

条件

・テストで100点を取れば、シールを1枚あげる。

・テスト(5つ)の合計得点が400点以上なら、シールを1枚あげる。

・本を週に5冊読んだら、シールを1枚あげる。

・本を月に15冊読んだら、シールを1枚あげる。 などなど

 このように条件を設定しながら、生徒の学習意欲を高めるようにする取り組みをしていくとします。確かに、ハマるこにはハマってどんどん勉強し、学習意欲は向上するでしょう。一方で、学習意欲があっても能力が追いつかず、シールをもらえない子はどうなるのでしょうか?周りと比較して自信を無くすことや、報酬が得られないので学習意欲が低下することは考えられないのでしょうか。そもそもこのやり方は、本当に良いやり方なのでしょうか。これは、一歩間違えれば「報酬を得るために勉強をする必要がある」と勘違いさせてしまったらかなり危険だと私は考えます。つまり、報酬が得られないのであれば、勉強やその他で何かをする必要はないと思わせてしまうのです。そうなると、損得勘定で動くようになり、自分ができることでも報酬が得られなければやらないようになるとも言えるのです。

 ここまで結構否定的なことを書いてきました。しかし、このやり方が間違っている証拠なんて一切なく、個人的な先入観のみで話をしています。私が伝えたいのは、やり方と生徒に対してどのように伝えるかが問題だと思っています。例えば、シールを与えるにしても、なぜシールにしているのか別の理由を用意する必要があります。例として以下のように教員側が生徒に予め伝えるのです。

・勉強は結果・成果が見えにくいです。

・よってシールを貼りながら、勉強の可視化をやっていきます。

・勉強した時間によってシールの枚数が変わる分かりやすいです。

・当然、シールの多さで良い・悪いはありません。

・シールが少なくても、短い勉強時間で良い点数が取れるのは非常に素晴らしいことです。

・シールが多かったのに、良い結果が出なかったとしても、たくさん勉強をした過程が何よりの財産です。

・シールを得ることが目的でもないですし、目標を設定する必要もないです。

・自分のことを知るために、シールで勉強の可視化をしていきます。 などなど

 このように説明していけば、シールの多さを競ったり、シールをもらうことが目的になったりすることはないと考えられます。

 ここで1つまとめておきたいことは、「そもそもなぜ勉強をする必要があるのか?」です。これは、「人はなぜ学ぶのか」という本に答えが書いてありました。それは、「生きていくために知識を得る」ということです。私達は、昔から学習をしてきました。私達以外の生命もその例外ではありません。だから、くれぐれも勘違いしてほしくないのは、学習意欲の向上ではないということです。自分自身が幸せに生きていくために、どのような知識を身に付けていくのか、それを生徒に理解してもらわなければなりません。確かにシールとかを使ってやれば、その時は学習意欲は向上するでしょう。しかし、その後はどうなのでしょうか?それがなくなった途端に学習をやめてしまうことは考えられないでしょうか。私達が考えることは、長期的な取り組みを習慣づけさせて生徒達に、それを伝えることなのではないでしょうか?

 長くなりますが、もう一つ伝えたいことがあります。それは、情報発信ができる世の中だからこそ、本当に好きなことに熱中させてあげるべきだということです。今は、自分の好きなことを突き詰めて、それを情報発信することで収益を得ている人達がたくさんいます。いや、たくさんできるチャンスが増えたと言った方が良いでしょう。もちろん学校の勉強も大切ではありますが、それと同等に自分自身が心の底から好き過ぎて、気がついたら一日が終わったいたなんていうものも大事です。私達の暮らしや働き方はもう数年経てば、変化し今の常識や考えが通用しなくなってくるでしょう。いざ働き始めて、自分が何をしたいのか、何をやりたいのかわからないことは本当に苦しいことことです。勉強だけを押し付ける教育はもう古いと考えていますし、職場で教員と生徒の会話を聞いていると悲しくなる発言があります。それは、教員がこういう発言をすることです。

「好きなことばっかやっていないで、勉強しなさい。」

 どれだけの人が、自分の好きなこと、やりたいことを知らずに人生で苦しんでいるのか、それに、自分が好きなことをやってはいけない‥その時間を奪われることがどれだけ辛いことか、私は常にギャップと疑念を抱きながら仕事をしています。今後の世の中を生きていくにあたり、自分自身のことを知らないのは本当に難儀になることでしょう。

 一人でも多くの方が、生徒の本当の幸せな未来と向き合っていただけることを切に願っています。

 

困ったらすぐに相談する 悩む時間は不要

今回のテーマは、「相談」です。

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相談をして自分だけで抱えこないようにする 甘えることも大切です

 困った時は、悩まずすぐに相談してください。何より、失敗したことやうまくいっていないことを恥ずかしがらずに相談をしてください。また、年数も関係ありません。何年働いていようと正しいこともなければ、必ずこれといった答えも存在しませんので、いろんな人の考えを聞くことや確認をすることが大切なポイントとなります。

 

 その時は恥ずかしさがあるかもしれませんが、それは一時のものでしかないのであまり気にする必要がないのと、誰もあまり失敗に対してそこまで関心があるわけではありません。もしそんな人がいたら、器の小さい人間ですので距離をとって接してください。

 

 なお、相談することにあまり引け目を感じないでください。

 

 案外、相談されると快くのってくれる人の方が多いです。教員という生業をしているわけですから、面倒見の良い人が多いのは当然です。

 

 

 私も今日、進路関係が全くわからないことやクラスで抱えている悩みを学年会で打ち明けました。正直恥ずかしかったですし、これ以上どうして良いかわからなかったので、現状の悩みを言いました。

 結果的に、具体的な解決策やアクションプランを提示され、一瞬で解決し肩の荷がおりました。得にクラスの方は少し気が軽くなりました。

 そして進路の方は、ベテランの先生が目を輝かせながらポイントを絞ってアドバイスをくれたので、これもまた自分が何を勉強すれば良いか分かりました。

 

 

 悩みを打ち明けることは恥ずかしい反面、自分を大きく前進させてくれます。

 

 それに、年数よりもより新しい考えをもつことも大切ですので、そういった思考を常に養っていくためにも相談することは大切なのです。自分が正しいと思い込んでしまうことがよくないことですので。

 

 

 

 温かい職場ほど、相談に対して真摯に受け答えや対応をしてくれます。そうでなくとも、職場の中に信頼できる人が必ずいるはずですので、そういった人に相談を積極的にしていくようにしてください。

早く帰る勇気 疲れた時は仕事が残っていても帰る

今回のテーマは、「退勤」です。

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早く帰ることが生産性を高める 周りと遅くまで仕事をしない



 今日は疲れたので、早く帰ってきました。

 

 仕事は残っていますし、早く帰っている場合でもないことも分かっています。自分がよく知っています。ですが、あまりにも体が重かったので帰ることを決意しました。

 

 疲れているときに、無理して仕事をしても生産性が落ちるだけです。また、翌日にも響きますので、早く帰ることが無難なのです。休むことに集中して翌日に、その分働ければ取り戻せるのです。

 

 だから、早く帰る決断をするのも立派な仕事であり、休むこともまた仕事なのです。それに、放課後は生産性(集中力)も落ちているので、疲労が溜まっているときに無理をしてもミスが増え、さらに仕事が増えやすくなります。そうならないためにも早く帰ること、そして十分に休んで翌日に出勤することが大切なのです。

 

 

 ただ、そうもいかないことがあるのは事実としてあります。

 

 これからは成績処理に入る期間でもあるので、早く帰りたくても帰れない場合もあります。私も全学年の評価評定をつけているので、正直この時期はしんどい部分があります。ですが、無理をしなくて良いときにしてしまうことが後々厄介になってきます。

 理想は、そうならないシステムをつくることなのですが‥

 

 どうしても負担は偏る部分がありますので、理想ばかりは語ってはいられません。

 

 

 

 早く退勤する際に必要になるのが、「決断」と「勇気」です。

 

 早く帰って後に自分が苦しい思いをしないか、これを判断する必要があります。もし、差し障りがなければ早く帰ってしまいましょう。

 

 また、周りに気を遣わず「早く帰る」勇気も必要になりますので、決断をしたら周りを気にせず、さっさと退勤してしまいましょう。

 

 

 まだまだ、現実として現場は遅くまで残る風潮があります。ですが、それが一番自分の価値を下げているのです。そして、人生を台無しにしているのです。この仕事が楽しく幸せを感じているなら別ですが‥

 

 だから、周りを気にせず早く帰れるシステム作りや鈍感さなど、自分に合った退勤の仕方をしっかり見極めていきましょう。

 これを知っているか、これを実践するかで、大分これからの教員人生が変わってきます。あなたが幸せになれる選択や行動を起こしていけいるように努力を惜しまないでください。

これから教員になる人がやってはいけない仕事3選

今回のテーマは、「仕事内容」です。

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やらなくて良い仕事は捨てよう 断ることが大切

 現在、教員を目指している人及び、まだ教員になって日が浅い人に見てほしい内容です。なお、面接では今回の内容を口にしないよう注意してください。

 それを踏まえた上で、目を通していただければと思います。

 

 まず1つ目は、「担任」です。

 担任の負担は結構大きいです。生徒指導が増えますし、こちらに落ち度がなくとも迫られることもあり、中々に厄介な仕事です。

 現場には、担任ができて一人前みたいな風潮がありますが、気にしないでください。勝手な自己満足です。どうしても本当に自分がやりたいのなら別ですが、担任を外れるだけで仕事は大分楽になるので、もたないことをおすすめします。

 私が一番嫌うのは、「担任で忙しい」や「いかにもそれで自分は仕事をしている」という空気を醸し出すことです。そんなの知らんがな、の一言で終わりですし、だったら担任を外れろよ、と思います。やっている以上みんな一緒なんだから、そんなこと口にする必要もなければ、空気を醸し出す必要がないのです。

 

 2つ目は、「部活」です。

 特に運動部は、キツイのと、主顧問になったらもう休みはないと想ったほうが良いです。また、保護者からのクレームにも気をつけてください。自分達は何もしないくせに、文句やイチャモンは一丁前につけてきますので。

 それに、お金の管理も大変になるので、とにかく部活はもたないことに越したことはないです。上記の担任含め、顧問も何かしらの理由をつけて外れるようにしましょう。

 親が体調を崩しているや、子育てがあるからなど、仕事が負担にならないための策を講じるようにいてください。

 担任と一緒ですが、余程のことでやりたくないのであれば、本当に避けてください。まじでやる必要のない仕事です。

 部活で信頼関係が築けるとか言いますが、私達が一番信頼関係を気づかなければならないのは、「授業」ですのでそこを勘違いしないでください。

 

 3つ目は、「分掌の主任にならない」です。

 公務文章も外れることができれば、良いのですがそうはいきません。これだけは。ですので、主任になることを避けるようにしてください。

 なるべく、この仕事もしないように負担がかからないものが良いです。学校によっても進路が得意な人がいたり、生活指導が得意な人がいたりするので、様子を見て一番楽なところに移れる努力をしてください。

 

 

 

 

 私が、担任や部活を頑なに断るように伝えているのは、本来やらなくて良い仕事だからです。

 担任をやっていないと居場所がないや、忙しくても担任でいたい、という意見を持っている人がいますが、それはその人達の考えであって、あなたの考えではないです。共感するのであれば、やれば良いだけの話です。

 何より、私たちの居場所は、「授業」です。授業での指導力が高ければ、それだけで生徒から一目置かれ、自然と信頼関係ができ、自分の居場所ができるようになってくるのです。

 

 

 授業を大切にできない、授業力を向上させようとしない現場は、正直方向性を間違っているように感じます。部活動で生徒達を良い方向にもっていくことや、怖い担任が不良系の生徒をもつなどは、教育でもなんでもないのです。

 その場しのぎの対応に過ぎません。授業を通して、いかに学ぶ楽しさを理解させるか、世の中にはまだまだ自分達の知らないことがあるのか、人間的な魅力を授業を通して磨いていくことが、本来の私たちの仕事であるはずです。

 

 だから、そうでない仕事はどんどん切っていくことが一番自分のためになるのです。

 

 担任ができないことや部活をもたないことに罪悪感を感じる必要はないのです。それはそう想っている人の勝手な押し付けでしかないのです。あなたにとって大切なことではありません。

 そこの判断を間違えないようにしてほしいです。

これからも教員を続ける人 これから教員になる人に伝えたいこと この1つを必ず実践してください

今回のテーマは、「スキル」です。

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感動を与えられられる人ほど教員としての需要が高い

 これからも教員を続ける人、そしてこれから教員になろうとしている人は、これを絶対に実践してください。

 それは、「生徒に感動を与える」です。

 

 これから、教員人生を歩んでいく中で最も必要になるスキルは、

  「エンターティナー性」です。

 

 生徒に感動を与えられない人、つまりは、心を動かすことができない人は、教員としての需要がないも同然です。

 

 「授業で勝負」が、今まで、これからも重要であることは間違いありません。一方で、今はたくさんの教材が溢れているので、自分で教材をある程度選択する自由が増えてきていますし、これからはどんどん加速の一途を辿ることになります。

 

 だからこそ、教員として、「生徒に感動を与える」ことが、欠かすことのできない能力(スキル)になってくるのです。

 

 

 そのために2つのことを把握していただきたいのと、合わせて実践してほしいアクションプランがあります。

 

 1つ目は、「生徒の感情を動かす」です。感動を与えることは、「感情を動かすこと」です。ダメなものはダメ。どんな時に、人間は悲しむのか、喜ぶのか、客観的に考えられるようになることに加え、その生徒本人に何かしらの感情を抱かせるようにしなければなりません。

 アクションプランとして、「良い行いを伝える」があります。

 例えば、生徒の行動が誰かのために、つまり他者貢献につながったのであれば、それをしっかり良いことであることを伝えます。また、そういったことを継続し、自分自身の更なる成長につなげてほしいことも伝えます。

 そうすることで、生徒の中には、「うれしい」や「これからも誰かの役に立ちたい」という前向きな気持ちが生まれます。そうすることで、生徒の感情を動かしていくとにつながるのです。

 そして、認められる機会が多い生徒ほど、感情に何かを訴えていきやすくなのです。

 

 2つ目は、「どんなことも認める」です。

 行動をすると必ず誰でも失敗をします。その時に、まずその行動を認めます。状況はなんでも良いのですが、言葉としては

 「◯◯をやろうとしてくれたんだね。ありがとう。」

 のように、相手の失敗を責めず、生徒が行おうとしていことと、それに対する感謝の気持ちを伝えます。これが、アクションプランになります。そうすることで、生徒は、「先生は自分のことを考えてくれている」と捉えてくれます。

 その後、「どのような失敗をしたのか」、「次にどうしたら失敗をしないのか」を、生徒に質問し、生徒自身の言葉で話させるのです。そうすることで、生徒も自分で立ち直る能力を身に付けていくことができ、人間として成長をしていきます。

 何より、「失敗を責めないこと」、「失敗をしても行動そのものに感謝をすること」で、生徒自身に「自分という存在は認められている」、「先生は自分のことを想ってくれている」と、認識してくれるようになります。

 そういったことが、また生徒に感動を与えることになるのです。そして、このようなコミュニケーションを図っていくことで、生徒もまた、誰かしらに感動を与えていけるようになるのです。

 

 

 今回のアクションプランは簡単です。

 

 単純に言ってしまえば、「とにかく相手のことを認める」と「感謝を伝える」です。

 

 「感動を与える」ことは、決して難しいことではないのです。

 

 ただ、多くの方は難儀するのです。理由は、相手のことを認めなければ、感謝も伝えないからです。

 

 失敗して責める場合、それは相手のことを想っていません。ただ単に怒っている人が自分の感情をぶつけているだけです。

 

 感謝の勘違いもよくあるのですが、相手に伝える言葉ではありません。自分自身に伝えるべき言葉なのです。誰かが自分のために何かをしてくれること、それが当たり前ではないこと、そのことを自分自身に自覚をさせることが、「有難う」の本当の意味なのです。

 

 

 普段の何気ない日常の小さなやりとりや関わり合いが生徒に感動を与えていくことにつながります。1日1回、「ありがとう」を伝えるだけでも生徒との関係は変わってきます。それ以外も笑顔で接したり、昼休みに遊んだり、些細なことがいずれ生徒に大きな感動を与えることにつながりますので、実践を重ねていってください。

 

 

 何より、この記事を読んでいただいているあなたのこれからの教員人生に、このことを役立たせ幸せな教員人生を送っていただきたいのです。

教員を続けるべき人 そうでない人

今回のテーマは、「転職」です。

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どっちの選択も正しい 転職も最良の道である

 結論、「自由を求める人」は、転職すべきです。

 

 教員を続けると、自由がききません。部活で土日が潰れることや、担任をもつことで負担が増えたりと、何かと不自由が多いです。

 

 また、副業もしにくく、何か新しいことを始めるにしても制約がかかってきます。

 

 つまり、常に何か変化を求めたり、新しいことをやって挑戦をしていきたい人生を送りたいのであれば、「転職」をおすすめします。

 

 当然、離職せずとも「自分なりに自由なこと」はできますので、新しいことをしたいからといって無理に退職する必要もないです。

 

 

 逆に仕事を続けるべき人は、本当にあらゆることに対して「執着がない人」だと考えています。

 

 特に金銭面も今のままで問題がなかったり、仕事量の負担も適性であったり、人間関係にも特に固執するようなものがなければ、そして、これからもそれらのことに執着が生まれなければ、教員という仕事を続けるべきだと私は考えます。

 

 

 そして何より、いくら忙しくても、大変でも、心の底から担任や部活、その他の業務を楽しめるのであれば、続けるべきだと考えます。また、自分が本当に楽しんで仕事をし、周りからの評価を気にしないのであれば、なお良いです。

 

 仕事をして、誰かから認められたい、昇格をして権威を手にしたい、などそういった思考になると、「執着」が生まれますので、自分を苦しい状況へ追い込んでいきます。その場合はすぐに軌道修正をしてください。他でもない自分自身のためにも。

 

 

 

 

 余談ではありますが、転職することに、離職することにそこまで、悩まなくて良いとも考えています。

 現在、転職は当たり前の時代であり、自己実現が可能な世の中でもあります。必ず自分が輝ける場があるのです。

 それを実現させるためには、「挑戦の回数」しかありません。ずっと教員を続けていつか自分が輝ける現場を夢みることも良いと思います。また、教員とは別の道で、何回も何回も失敗しては、挑戦をしての繰り返しで見つけることも良いことです。

 

 基本的に挑戦回数が多いほど、成功につながりやすいです。どの道が自分にとって、成功に、自分に合った人生に結びつきやすくなるのか判断した上で、仕事を続けるか、転職するかを決めれば良いと考えます。

良き教育者の見分け方 この2つを見るべし

今回のテーマは、「教育者」です。

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良き教育者はここが違う ここを徹底している

 良い教育者です。良い教員ではありません。

 

 私達はまず、教員である前に教育者です。その教育者として適切な資質を今回紹介します。というか当たり前過ぎて、「それはそうだろ」と思う内容です。

 

 では、本題に入ります。

 

 まず1つ目は、「授業」です。

 教え方が良い悪いではありません。それよりも、「配慮を心がけているか」です。生徒目線でものごとを考えて授業をできているかどうかが鍵になります。

 例えば、板書が見にくくないか後ろの席に座っている生徒に声をかけたり、机間巡視の時に、指示が通っている子に対して、「ちゃんとできてるね」やできていない子に、「惜しいここをやるんだよ」など、一声かけているか、ここがポイントになってきます。

 加えて、「分かりやすい指示を出しているか」、ここもポイントになります。理想は、一つの説明を10秒以内で終わらせることです。つまり、簡潔に述べているかが重要なのです。そうすることで、無駄な情報が入らず生徒もやることが明確になり、作業に取り掛かりやすくなるのです。

 何より、上記のことを徹底することで、「生徒に安心感を与える」のです。だから、良き教育者としての資質を見極めるのに打ってつけなのです。

 

 

 もう1つは、「試験問題」です。試験問題が分かりやすかったり、見やすかったりとしっかり配慮されている場合、教育者としての資質が高いと判断して良いでしょう。

 ただし、分かりやすいというのは、どのような解答をすれば良いのか、それがはっきり明確になっているということであり、決して高得点が取りやすいテストのことではありません。

 つまり、試験の際に質問が多く出る場合は、全く生徒のことを配慮していないことが多く、自分の価値基準だけで作っていることになってしまうのです。生徒がどう解答するべきか、それがわかるだけで、生徒は安心するのです。

 

 

 そう、結局は生徒を「どこまで安心させられるか」ここが、教育者として最も身に付けなければならない資質の部分なのです。

 逆に言えば、ここさえ身に付けてしまえば、自然と生徒との信頼関係を築くことができるのです。だからこそ、常日頃生徒に対して「配慮」をしていく必要があるのです。

 

 

 もう一歩踏みだすと、「相手には何も伝わらない」という思考が大切なのです。

 

 これは決して、「見下し」ではありません。

 

 「相手に通じない」が前提にあることで、「配慮」がしやすくなります。

 

 こうすれば、相手に伝わるや、この説明では、相手に伝わりにくいなど、常にそう考えることが、相手に対する「配慮」であり、教育者としてもつべき思考なのです。

 

 

 

 すぐ近くに、「見習うべき教育者」がいます。授業見学をしたり、テストの問題を見ることで、その人の教育者としての資質をすぐに見に抜くことができます。今すぐに確めてみてください。

仕事に執着しない どこまで教員である必要性があるのか?

今回のテーマは、「転職」です。

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転職は視野を、自分の可能性を広げる

 教員に限らず、どの仕事においても執着しないことが働く上でのポイントです。

 

 執着すればするほど、働きにくく‥いや生きにくくなります。

 

 生きやすい人生にするためにも執着しないことが、一番良いのです。

 

 ただし、手を抜いて毎日仕事に打ち込めば良い、というわけではありません。手を抜くべきもの、やらなくて良い仕事は存在しますので、それらを把握した上で働く必要があるのです。

 

 まず、手を抜いてはいけない仕事は、「授業」です。これは、日々研磨する必要があります。どんなに年数を重ねようと、授業だけは手を抜くことなく全力で挑まなければなりません。

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授業は絶対に向き合う 手を抜いてはいけない 私達の存在価値そのもの

 正直、それ以外の仕事は手を抜いて構わないと思っています。

 

 実際問題、なんとかなってしまうからです。現場の校務文掌なんかを見ていても、これをしっかりやんなければ学校が回らないなんてことはありません。案外みんな臨機応変に対応するので、全然問題なく学校運営ができているのが現状です。

 

 部活では、顧問をしているだけで良いとも感じています。顧問がいなければそもそも部活はできません。顧問を引き受けているだけで、御の字であり、それ以上のことを望むことが野暮ってもんです。

 一番良いのは、顧問を引き受けないことです。次に副顧問で、あまり運営に携わらないようにする。三番目に主顧問だとしても、平日のみの運営にする。これで問題ありません。休日は活動をしない。これを徹底すれば問題ありません。

 

 担任もやりたい人だけがすれば良いので、やりたくない人は引き受ける必要がないのです。これも断り誰かにやってもらえれば問題ありません。

 

 

 教員は全てをできなければならない、という風潮がありますが、そんなことはありません。なんだかんだいて、みんな何もできていません。中途半端です。自己満足で仕事をした気になっているのと、自分はできていると思い込んでいるだけです。

 

 

 つまり、仕事ができないことになんら不安を感じる必要はないのです。

 

 むしろ、仕事ができないことで執着が生まれなくなるのです。

 

 仕事をすればするほど、執着が生まれやすくなります。そうならないためにも、極力やらなくて良い仕事を捨てていくことが賢い選択になります。

 

 

 

 何より、ここからが本題で、「仕事を減らしていく真の意図」があるのです。

 

 それは、「空いた時間に新しいことを始める」です。

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仕事に囚われるな 新しいことに常に挑む

 執着をなくすためにも、「新しいことに挑戦する」が、一番手取り早いのです。

 

 自分がやったことがないことに触れることで、新たな自分を知ることができます。自分の一面をたくさん知ることで、教員意外にも適性があることを知ったり、別の道が見えてきたり、自分の無限の可能性を知っていくのです。

 

 そうすることで、視野も広くなるだけではなく、自分の人生そのものの可能性も広がっていくのです。

 

 だからこそ、捨てるべきものを見極めれて、自分の時間にたくさんの挑戦をしていくことが大切なのです。

 

 

 

 余談ですが、

 最近、私自身とても飽き性で、熱しやすく冷めやすいことがわかってきました。何事も器用貧乏で、できはするが長く続かないし、それといって何かに特質したものがないということがわかってきました。

 一方で、自分は案外飲み込みが早かったり、成長意欲をもっている一面を知れて少し、自分に自身がついてきました。もし、本当にやりたいことや好きなことが見つかれば、また新たな可能性が見つかると思い、今はそれが楽しみでしょうがないのです。

 

 

 

 私個人として、転職を考えている方にいますぐやってほしいことは、「自問自答」です。

 

 そこまで自分が教員であるべきかを問うてほしいです。本当に、教員が良いというのであれば、続けるべきだと私は思います。

 もし、迷いやそうでないのであれば、執着しないように行動を起こしてほしいと考えています。

 

 

 もう一度、自分自身とじっくり向き合ってほしいです。