Taros’s diary

学級通信のねたの参考にしてもらえば思います。

仕事に執着しない どこまで教員である必要性があるのか?

今回のテーマは、「転職」です。

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転職は視野を、自分の可能性を広げる

 教員に限らず、どの仕事においても執着しないことが働く上でのポイントです。

 

 執着すればするほど、働きにくく‥いや生きにくくなります。

 

 生きやすい人生にするためにも執着しないことが、一番良いのです。

 

 ただし、手を抜いて毎日仕事に打ち込めば良い、というわけではありません。手を抜くべきもの、やらなくて良い仕事は存在しますので、それらを把握した上で働く必要があるのです。

 

 まず、手を抜いてはいけない仕事は、「授業」です。これは、日々研磨する必要があります。どんなに年数を重ねようと、授業だけは手を抜くことなく全力で挑まなければなりません。

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授業は絶対に向き合う 手を抜いてはいけない 私達の存在価値そのもの

 正直、それ以外の仕事は手を抜いて構わないと思っています。

 

 実際問題、なんとかなってしまうからです。現場の校務文掌なんかを見ていても、これをしっかりやんなければ学校が回らないなんてことはありません。案外みんな臨機応変に対応するので、全然問題なく学校運営ができているのが現状です。

 

 部活では、顧問をしているだけで良いとも感じています。顧問がいなければそもそも部活はできません。顧問を引き受けているだけで、御の字であり、それ以上のことを望むことが野暮ってもんです。

 一番良いのは、顧問を引き受けないことです。次に副顧問で、あまり運営に携わらないようにする。三番目に主顧問だとしても、平日のみの運営にする。これで問題ありません。休日は活動をしない。これを徹底すれば問題ありません。

 

 担任もやりたい人だけがすれば良いので、やりたくない人は引き受ける必要がないのです。これも断り誰かにやってもらえれば問題ありません。

 

 

 教員は全てをできなければならない、という風潮がありますが、そんなことはありません。なんだかんだいて、みんな何もできていません。中途半端です。自己満足で仕事をした気になっているのと、自分はできていると思い込んでいるだけです。

 

 

 つまり、仕事ができないことになんら不安を感じる必要はないのです。

 

 むしろ、仕事ができないことで執着が生まれなくなるのです。

 

 仕事をすればするほど、執着が生まれやすくなります。そうならないためにも、極力やらなくて良い仕事を捨てていくことが賢い選択になります。

 

 

 

 何より、ここからが本題で、「仕事を減らしていく真の意図」があるのです。

 

 それは、「空いた時間に新しいことを始める」です。

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仕事に囚われるな 新しいことに常に挑む

 執着をなくすためにも、「新しいことに挑戦する」が、一番手取り早いのです。

 

 自分がやったことがないことに触れることで、新たな自分を知ることができます。自分の一面をたくさん知ることで、教員意外にも適性があることを知ったり、別の道が見えてきたり、自分の無限の可能性を知っていくのです。

 

 そうすることで、視野も広くなるだけではなく、自分の人生そのものの可能性も広がっていくのです。

 

 だからこそ、捨てるべきものを見極めれて、自分の時間にたくさんの挑戦をしていくことが大切なのです。

 

 

 

 余談ですが、

 最近、私自身とても飽き性で、熱しやすく冷めやすいことがわかってきました。何事も器用貧乏で、できはするが長く続かないし、それといって何かに特質したものがないということがわかってきました。

 一方で、自分は案外飲み込みが早かったり、成長意欲をもっている一面を知れて少し、自分に自身がついてきました。もし、本当にやりたいことや好きなことが見つかれば、また新たな可能性が見つかると思い、今はそれが楽しみでしょうがないのです。

 

 

 

 私個人として、転職を考えている方にいますぐやってほしいことは、「自問自答」です。

 

 そこまで自分が教員であるべきかを問うてほしいです。本当に、教員が良いというのであれば、続けるべきだと私は思います。

 もし、迷いやそうでないのであれば、執着しないように行動を起こしてほしいと考えています。

 

 

 もう一度、自分自身とじっくり向き合ってほしいです。